【白瀬怪談】着物の訪問者
これは私が伯母から聞いた話です。
その日伯母は、家で一人留守番をしていました。
当時小学生だった伯母は、今で宿題をしていました。
ピンポン
呼び鈴がなりました。
「留守番をしている間は、誰がきても出なくていい」と祖母からは言われていました。
引っ込み思案だった少女は、祖母の言葉もあり、呼び鈴には応じず、そのまま宿題を続けることにしました。
ピンポン
また呼び鈴がなりました。
「珍しい」そう思って宿題をしていた手を止めました。
今よりももっと、村意識が強かった時代。
家の鍵がかかっていないことはしょっちゅうでしたし、それを近所の人も知っていますから、呼び鈴を一度鳴らして家人が出なければ、遠慮なしに戸を開けて「〇〇さん」と呼びかけるのが普通でした。
それがどうでしょう。
祖母は確かに家を出るときは鍵をかけていきましたが、この訪問者は戸を開けるそぶりも、直接呼びかけてくる様子もありません、
家の中は静まり返っていました。
伯母は、訪問者を出迎えるつもりはありませんでしたが、一体誰が呼び鈴を鳴らしているのか気になりました。
当時伯母たちが住んでいた家は、横に広い平家の日本家屋で、玄関から西へ向かって横並びに昔ながらの縁側が続いていました。
縁側には一面にガラス戸が取り付けられており、そこから除けば玄関の前に誰が立っているのか確認することができます。
逆に、全ての面がガラス張りですから、向こうからも私の姿が見えることになりますが。
伯母は、訪問者からは見えないように、カーテンの陰からそっと覗くことにしました。
木造の床をきしませないように、よく注意してカーテンの陰にそっと潜り込みます。
今もそうですが、伯母は細くて小柄な女性なのでそれも簡単だったのでしょう。
ピンポン
ここで3回目の呼び鈴がなりました。
伯母は驚きのあまり尻餅をつきそうになりました。
すんでのところで踏みとどまりましたが、焦りのあまり全身から汗が噴き出してきます。
気づかれていませんように、としばらくじっとしていました。
しかし、訪問者の気配は玄関の前から動くことはありません。
伯母に気づいてはいないようです。
伯母はそっと顔を上げて、ゆっくり玄関に目を向けました。
視界に入ってきたのは、真っ黒な着物でした。
すらりと伸びた背筋に、結い上げた黒髪、手に赤茶色の風呂敷。
訪問者は若い女性のようでした。
なんだ、近所に住む人が土産を持参して挨拶にでもきたのでしょう。
若い女性なら、他所から嫁いできたばかりなのかもしれません。
それなら、戸を開けて入って来ないのも納得できます。
挨拶に来たのならなおさら、祖父か祖母がいなければなりません。
このまま家主の不在に気づいて帰ってもらおう、そう思って部屋に戻ろうとしました。
すると女性が、着物の袖から白い腕を覗かせて、ピンポンと、もう一度呼び鈴を鳴らしました。
これで、この女性が呼び鈴を鳴らしたのは4回目。
他所から来た人だったとしても、普通4回も呼び鈴を鳴らすものかしら。
伯母は女性に違和感を覚え、じっと目を凝らしました。
そしてそれに気づいた瞬間、先ほどかいた汗が急激に冷えていくのを感じました。
結局伯母は、訪問者に応じることはありませんでした。
呼び鈴は、8回ほど鳴らされた後にピタリと止みました。
伯母は、帰宅した祖母に昼間訪ねて来た女性について、伝えることはできませんでした。
あの女性のことを口にして、それが回り回ってあの訪問者の耳に入ったら、また訪ねてくる。
訪問者の存在に気づいていた伯母の元へと。
そんな気がしてならなかったのだそうです。
一体その訪問者のどこがおかしかったのか、ここまで話を聞いた私は伯母に尋ねました。
「着物を着た女性の足元っていうのは、白い足袋と草履っていうのが普通でしょう。でもその女性にはね、人間の足の代わりに、細く鋭い鳥の足みたいなのが付いてたのよ」